赤穂城築城を慶安2年(1649年)からはじめ、寛文元年(1661年)に完成されました。
この折、山鹿素行を呼び築城の意見を聞き、また赤穂藩士の教育をさせました。
このことが赤穂義士への影響が取り沙汰されるゆえんです。
長直公は、塩田開発、新田、新浜の開村にも力を入れられました。
花岳寺案内記の表紙は、「西国名所之内十二、赤穂千軒塩屋」の図です。
赤穂御崎の裏山から西を眺めた景色ですが、城の他は延々と続く塩田が描かれています。
日本最大の塩田地主の田淵家は、文化・文政期(1804~1830)の頃106町歩(106ha)の塩田を所有していました。
現在は赤穂市立美術工芸館田淵記念館として、田淵家より寄贈された美術工芸品を中心に展示されています。
日本三大上水道といえば、東京の神田上水、広島県の福山上水。そして赤穂藩上水です。
花岳寺のほど近くに、「息継ぎの井戸」があります。
息継ぎの井戸とは、江戸でおきた刃傷事件を知らせるため、早水藤左衛門と萱野三平は4昼夜半早かごに揺られ続けました。
そしてようやく赤穂に着いた時、まずはこの井戸の水を飲んで一息ついたといわれています。
この息継ぎ井戸は、実は井戸ではありません。上水道の汲出枡(くみだします)です。
「台雲山花岳寺」所在地
〒678-0239
兵庫県赤穂市加里屋1992番地
電話 0791(42)2068
拝観時間 午前9時~午後4時
JR播州赤穂駅から徒歩約10分